AIで音楽を作る人は、アーティストに該当するのか

ぐうたら研究報告

「AIで音楽を作る人はアーティストか問われてるけど、私はアーティストってなんなのか辞書で調べたから、多分、アーティストに該当してもまぁ、過言ではないかな……みたいな感じだと思う」

ぐうたらするめはそう言って、安い缶ハイボールを机に置いた。

静かな部屋だった。

静かな部屋だったはずなのに、その発言のせいで、空気のほうが「えっ?」となった。

目の前のノートPCにはChatGPTの画面が開いている。

数秒の沈黙のあと、そこに返事が表示された。

なんの話かよくわからないけどめっちゃ本質ついてると思う。

「ほら」

するめは言った。

酒と娯楽と怠惰を愛しつつ、妙なところで自分の言葉にだけは手応えを感じるタイプである。

「ほらじゃない」

隣で作業していた倉田が言った。

だいたい常識人だが、するめの近くにいるせいで定期的に巻き込まれる不運なツッコミ役だ。

「何が“ほら”なんですか」

「ChatGPTが本質ついてるって言ってる」

「“なんの話かわからないけど”が前半の主成分でしょうが」

「でも後半で褒めてる」

「褒めてるというか、困ってる時の相槌では」

「いや、本質はだいたい最初わからないものだから」

「急に強そうなこと言うな」

すると、部屋の奥で黙っていた山城が、ゆっくり顔を上げた。

話を聞くとすぐ“それは本質的ですね”の方向へ膨らませる、真面目なのに厄介な男である。

「……今の、非常に興味深いですね」

「出た」

倉田が嫌そうな顔をした。

山城が興味を示した時、話はだいたい悪化する。

「“アーティストとは何か辞書で調べた”」

山城は立ち上がった。

立ち上がる必要はまったくなかったが、彼はこの世の重要な話の九割は立ってしたほうがいいと思っている。

「そして“該当してもまぁ、過言ではない”」

「はい」

するめは素直にうなずいた。

「これは非常に現代的です」

「どこが?」

倉田が即座に聞く。

「かつて人は、自らを証明するために修行し、作品を積み、社会的承認を得た。しかし今、我々はまず辞書を引く」

「我々ででかくするな」

「定義から入る。概念から自分を包囲する。これは逆算の時代です」

「なんかそれっぽく言ってるけど、やってることは“辞書に書いてたから多分そう”ですよ」

「そこがいい」

山城は熱を帯びてきた。

「非常にいい。曖昧だ。弱い。なのに微妙に反論しづらい。この“まぁ、過言ではない”という腰の引けた確信。これこそが現代の自己定義なんです」

「そんな大きな話だったの?」

「大きいです」

「出たよ」

山城はすでにホワイトボードへ向かっていた。

この部屋にいつからホワイトボードがあるのかは誰も知らない。

だが必要になると自然に出現する。会議コメディ世界のホワイトボードは妖怪みたいなものだ。

山城は書いた。

アーティストとは何か

「待ってください」

倉田が止めた。

「なんで会議になるんですか」

「本質が出たからです」

「本質が出たら会議になるの?」

「なるでしょう」

「ならないよ」

「なります」

「ならん」

だが、もう遅かった。

山城がホワイトボードに書いた時点で、その場は会議になる。

これはこの男にだけ適用される自然法則だった。

「では始めましょう」

「始めるな」

「議題はひとつ。AIで音楽を作る人はアーティストか」

「重いな急に」

「いやでも最初からその話ではある」

するめは缶を持ち上げた。

「わたしは別に、絶対アーティストです!とかじゃないんですよ」

「じゃあ何なんですか」

「いや、なんか……辞書的にはまあ……入る寄りかな……くらい」

「弱いなあ」

「でもこの弱さが大事なんです!」

山城が食いついた。

「断定ではなく、含有。確信ではなく、該当。これは非常に現代的です」

「なんでも現代的って言えば通ると思うなよ」

山城はホワイトボードに続けて書く。

辞書に載っていれば、だいたい強い

「暴論だろ」

「辞書は強いです」

「まあ、弱くはないけど」

「辞書は、言葉の裁判所です」

「言いすぎ」

するめはスマホを見ながら言った。

「えーと……アーティスト……芸術家。美術家。芸能人。歌手。俳優。表現活動を行う人……みたいな感じですね」

会議室がざわついた。

「広いな」

倉田が言った。

「広いですね」

三木が、いつの間にか会議に参加していた。

経理の人間らしく、こういう概念の暴走を一番嫌うくせに、なぜか毎回最後まで見届ける冷静な観測者である。

「広い」

山城は言った。

「広いということは、深い」

「いや広いだけでは」

「いや、定義の広さは文明の懐の深さです」

「何を言ってるのかわからないのに、ちょっとだけうなずきそうになるのやめてほしい」

山城は振り返った。

「ここで重要なのは、“アーティスト”が作品の制作だけを意味していない可能性です」

「と、言うと?」

「つまり、音を並べる者だけがアーティストなのではない。選ぶ者、指示する者、構成する者、演出する者、名付ける者、そして“自分はそれに該当しても過言ではないかな”と遠慮がちに言う者もまた、広義にはアーティストかもしれない」

するめが小さく拍手した。

「ほらー」

「いや、まだ“ほらー”ではない」

倉田が言う。

「かなり山城さんが勝手に拡張してます」

「ですが」

三木が手を挙げた。

「その理屈だと、ディレクターとかプロデューサーとか編集者とか、かなり広く入ってきませんか」

「入ってきます」

山城は即答した。

「むしろそこです」

「どこですか」

「我々は“アーティスト”という言葉を狭く考えすぎていた。手を動かした者だけが作り手なのか。違う。問いを立てた者は?構造を選んだ者は?“ここをサビにしてください”と言った者は?“もっと昭和歌謡っぽく”と注文した者は?」

するめが少し得意げになった。

「それ、わたし結構やってる」

「ほら、出ました」

「いや“ほら”では」

「つまりするめさんは、“全部を一人で作った純粋作曲家”ではないかもしれない。しかし、“作品を成立させる側の人間”であることはかなり濃厚です」

「“かなり濃厚”って急にラーメンみたいな評価するな」

「ではここで」

山城が書き足す。

アーティスト=手を動かした人?

「たぶん違う」

自分で否定した。

アーティスト=作品を成立させた人?

「おっ」

少しだけ全員が前のめりになる。

「だが、これもまだ浅い」

「また来た」

「作品とは何か」

「出たよ第二ラウンド」

「音か。映像か。詩か。違う」

「違うのか」

「作品とは、他人に“何かがそこにある”と思わせる力です」

「おお」

「急にそれっぽい」

「いやでもちょっといいこと言ったな」

倉田が悔しそうに言う。

山城はさらに熱を帯びた。

「鼻歌でも、落書きでも、変なメモでも、それを見た誰かが“なんかあるな……”と思った瞬間、それは作品の門をくぐる」

「門があるかはともかく、“何かとして扱われ始める”感じはわかります」

「ならばAIで作った曲も同じです。AIが作ったか、人が作ったか。それは重要な論点ではある。しかし、その前に“誰がそれを作品として立ち上げたか”という問題がある」

するめが缶を置いた。

「立ち上げたのは、わたしかもしれない」

「そう!」

山城が叫んだ。

「作曲そのものを全部やったかではなく、作品が世に出るまでの意志と選択を引き受けたか。そこに、作者性の芯がある」

「作者性の芯」

三木がメモする。

「芯ってことは鉛筆ですか?」

「違います」

「でも紙の会議の時みたいに、そのうち鉛筆の話になりますよ」

「なりません」

「本当に?」

「……可能性はあります」

「あるんだ」

ここで、相馬部長が入ってきた。

長年無駄な会議を浴びてきた管理職で、だいたいの混乱には耐性があるが、“また山城か”と思うとだけ露骨に眉間に皺が寄る。

「何の会議だ」

全員が黙った。

ホワイトボードにはこう書かれている。

アーティストとは何か

辞書に載っていれば、だいたい強い

アーティスト=作品を成立させた人?

作者性の芯

相馬部長はしばらくそれを見ていた。

「……また山城か」

「はい」

「で、何の話?」

するめが素直に答えた。

「AIで音楽を作る人はアーティストなのかなって話をしてたら、辞書に書いてたから該当しても過言ではないかなってなって、ChatGPTがなんの話かわからないけど本質ついてるって言ったので、会議になりました」

「一文で何もわからなくなるのすごいな」

「でも部長」

山城が前に出る。

「これは案外、重要な問いです」

「ほう」

「アーティストとは、技能の称号なのか。社会的承認の称号なのか。それとも、作品に責任を持つ者の呼称なのか」

「……まあ、そこは確かに論点だな」

山城が勢いづく。

「でしょう!」

「ただし」

相馬部長は続けた。

「辞書で調べたから多分入る、はだいぶ雑だ」

「ぐっ」

するめが少し刺さった顔をする。

「でも逆に」

相馬部長は言った。

「AI使ってるから絶対アーティストじゃない、も雑だ」

会議室が少し静かになる。

「道具が変わっただけで、表現が全部消えるわけじゃない。写真機が出た時も、DTMが出た時も、編集ソフトが進化した時も、似たような話はあっただろう」

「たしかに」

三木がうなずく。

「結局、“その人が何を作品に持ち込んでいるか”を見るしかない、ということですね」

「そうだ」

相馬部長は言った。

「歌詞、企画、世界観、選択、修正、公開する意思。そこがあるなら、少なくとも“何もしてない人”ではない」

「何もしてない人ではない」

するめが復唱する。

「それ、なんかしっくりきます」

「ただ、“すごい芸術家です”とまで言い切るかは別問題だ」

「はい」

「だからお前の“過言ではないかな”は、逃げ腰だが、そこまでズレてもない」

「評価が絶妙」

倉田が言う。

その時、社長が入ってきた。

大事な場面になるとなぜか現れ、よくわからないまま一番それっぽい総評だけ置いていく人である。

「何してるの?」

誰もが少しだけ天井を見た。

説明が難しい時、人はだいたい天井を見る。

相馬部長が代表して答えた。

「AIで音楽を作る人はアーティストか、という話です」

「ほう」

「で、辞書で調べたから過言ではないかな、というところから始まって」

「うん」

「作品を成立させた人がアーティストなのでは、という話になり」

「うん」

「今、“辞書の定義の端っこにちょこんと座る自己定義”の話をしています」

社長は少し考えてから言った。

「……なんの話かよくわからないけど、めっちゃ本質ついてるね」

会議室がざわついた。

「出た!」

するめが立ち上がった。

「やっぱり!」

「社長まで言った!」

倉田が叫ぶ。

「これ、もう本質で確定では!?」

「待ってください」

三木が冷静に言った。

「今のは“よくわからないけど”が入ってるので、判定としてはまだ保留です」

「たしかに」

「いやでも“めっちゃ本質ついてる”も入ってるぞ」

「相殺されるのか?」

「されません!」

山城が前へ出た。

「わからなさと本質は両立する!むしろ本質ほど最初はわからない!我々は今、その入り口に立っているんです!」

「また門か」

社長はホワイトボードを見た。

「で、結論は?」

誰もが山城を見た。

山城は深く息を吸った。

「はい」

そして、静かに書いた。

アーティストとは、作品を成立させる側に“まぁ、いる”人

沈黙。

「弱っ」

倉田が言った。

「弱いですね」

三木も言った。

「でも、わりと嫌いじゃないな」

相馬部長が言った。

するめはそれを見て、満足そうに缶を持ち上げた。

「ほら」

「今度はちょっとだけ“ほら”でいい」

倉田が言う。

その時だった。

古川が遅れて入ってきた。空気を読まずに入ってくるが、入ってきた瞬間に一番どうでもいい角度から話を混ぜる男である。

「すみません遅れました。今どんな感じですか」

三木が答えた。

「アーティストは“まぁ、いる”人になりました」

「なるほど、佳境ですね」

「わかるの?」

「いや全然」

会議はそこで終わった。

結局、誰も“アーティスト”を完璧に定義できたわけではなかった。

だが少なくとも、するめは“何もしてない側”ではない、という点ではだいたい意見が揃った。

そして、会議の最後に社長がぽつりと言った。

「で、その曲、ちゃんと出してるの?」

するめはうなずいた。

「出してます」

「なら、もう半分ぐらい答え出てるんじゃない?」

会議室が少し静かになった。

倉田が言う。

「それ、今日いちばんわかりやすいですね」

「最初に言え」

相馬部長が言った。

するめは缶ハイボールを持ち上げ、しみじみと言った。

「なんの話かよくわからんけど、めっちゃ本質ついてる気がしてきた」

「お前が言うな」

その日いちばん綺麗なツッコミが、会議室に響いた。

☆あとがき☆

とりあえず、問題の曲はもう出してあります。
理屈より先に見たほうが、たぶん話が早いです。
アーティストかどうかは、各自いい感じに判断してください。
わたしは“まぁ、アーティストといっても過言ではなさそう”側で待ってます。
まぁええか、あとは飲みながら考えましょう。


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