安くてうまい。 言うのは簡単である。
しかし現実は厳しい。
安さだけを追えば、心が荒む。
うまさだけを追えば、財布が死ぬ。
そしてその両立を目指した者は、しばしば台所で何かを炭に変える。
ぐうたらするめもまた、その険しい道を歩んできた。
いや、歩んだというか、だいたい酒を飲みながら思いつきでノンフライヤーに突っ込んできた。
今回は、そんなぐうたらするめが 「安さと旨さの両立」 という壮大なテーマのもと、数々の失敗を重ねながら、ついにコスパ最強おつまみに辿り着くまでの軌跡を振り返りたい。
理念は立派、成果物は焦げ
節約おつまみ開発には、ひとつの思想がある。
それは 「安い食材を、いい感じにして、うまく食べたい」 である。
実に明快だ。無駄がない。知性を感じる。
だが問題は、この「いい感じ」が全然いい感じにならないことだ。
たとえば、ブロッコリー。 健康にもよさそうである。
価格もタイミング次第ではそこそこ安い。
緑色なので、なんとなくちゃんとしている感じもある。
これをノンフライヤーで乾燥させれば、ヘルシーかつ軽やかなスナックになるのではないか。
そう考えるのは自然なことだ。
少なくとも、調理前の時点では。
結果はどうだったか。
焦げた。
乾燥ではなかった。 炭化であった。
ブロッコリーはカラッとした未来を迎えることなく、 「野菜にも焼死という概念はあるのだな」 という学びだけをこちらに残して去っていった。
発想は自由、味覚は不自由
次なる挑戦は、とんこつラーメンである。
とんこつラーメンは強い。うまい。すでに完成された存在だ。
だが、そこに漬物高菜を加えれば、もっと手軽に、もっと豊かな満足感へ届くのではないか。
そういう発想自体は悪くない。
問題は、炒めないでそのまま入れたことである。
高菜というものは、ただ「高菜です」と顔を出せば済む食材ではない。
一定の手順と配慮を経て、はじめてラーメンの友となる。
そこを雑に省略した結果、どうなったか。
酸味がえぐい。
一口すすった瞬間、 「これはラーメンなのか? それとも何かの警告なのか?」 という気持ちになる。
とんこつのまろやかさと、高菜の酸味が手を取り合うことはなく、 むしろ互いに 「お前、こんな場所で会う予定じゃなかったよな?」 みたいな空気を出していた。
融合ではない。 事故である。
乾燥への信頼が厚すぎる
さらに、こんにゃくにも手を出した。
こんにゃくは安い。 そしてヘルシー。
しかも「乾燥させたら噛み応えのある珍味みたいになるのでは?」という、 いかにも深夜の酒飲みが思いつきそうな希望を乗せやすい素材でもある。
ここでもまた、ノンフライヤーが出動した。
結果。
水分が抜けて、残りカスみたいになった。
噛み応えではない。 喪失である。
こんにゃくの魅力というものは、あの独特の弾力と存在感にある。
それを水分ごと消し去った結果、そこに残ったのは 「これは食べ物のなれの果てです」 みたいな、説明に困る物体だった。
節約どころではない。
食材に対する申し訳なさが先に立つ。
失敗とは、成功に至るための過程である
ただし途中経過がかなりひどいこともある
ここまで読むと、 ぐうたらするめは料理が下手なのではないか、 あるいは食材に対する態度が雑なのではないか、 という疑念を抱く人もいるだろう。
その通りである。
しかし、偉大な発見というものは、常に整ったキッチンから生まれるとは限らない。
ときにそれは、焦げ、酸味、残骸の山を越えた先に現れる。
そして、ついに現れた。
油揚げスナックである。
油揚げ、すべてを救う
油揚げはえらい。まず安い。
しかも、すでに油で揚がっている。
この時点でかなり完成度が高い。
それを一口大に切る。
ノンフライヤーに入れる。
するとどうなるか。
カリカリになる。
ここでようやく世界は整う。
焦げすぎない。
変な酸味も出ない。
残りカスにもならない。
ちゃんと うまいものが、うまそうな見た目で、うまい食感になって出てくる。
あまりにも当たり前のことが、ここでは奇跡に感じられる。
しかも味付けも強い。
アジシオ。
ガーリックパウダー。
味の素。
この辺を大体いい感じに振っておけば、酒飲みの心はかなり満たされる。
七味を足してもいい。
黒こしょうもよい。
ただし、このあたりまで来るともう研究というより勝利報告である。
コスパとは、価格だけではない
ここで重要なのは、油揚げスナックが単に安いだけではないということだ。
安い食材は世の中にいくらでもある。
だが、安いだけでは続かない。
人は最終的に、 「また食べたい」 と思えるものしか繰り返さない。
ブロッコリーの焦げは一度でいい。
こんにゃくの残骸も一度で十分だ。
高菜ラーメン事故に至っては、一度でも多い。
しかし油揚げスナックは違う。
安い。
うまい。
手間が少ない。
酒に合う。
そして失敗しにくい。
これこそが、真の意味での 安さと旨さの両立 である。
料理失敗家は、今日も挑む
こうしてぐうたらするめは、数々の失敗の果てに、コスパ最強おつまみのひとつへ辿り着いた。
それは華やかなレシピではない。
映える一皿でもない。
料理研究家がにこやかに本へ載せるような品でも、たぶんない。
だが、酒飲みの夜にはちょうどいい。
安くて、うまくて、めんどくさくない。
この三拍子は強い。
思えば、料理とはそういうものなのかもしれない。
高尚な理想を掲げながら、実際には何度か焦がし、失敗し、妙なものを生み出し、それでも最後に 「まぁええか」 と思える何かに辿り着く。
ぐうたらするめの探究は、まだ終わらない。
台所には今日も新たな失敗の種があり、ノンフライヤーは静かに次の犠牲者を待っている。
ただひとつ確かなのは、 油揚げは今のところ、かなり信用できる、ということだけである。



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