激務人生に疲れた私は、寝台特急に乗ることにした。
理由は単純である。
もう、何もしたくなかったからだ。
働いて、疲れて、気力が死に、スマホを見れば
「今がチャンス!」
「人生を変える方法!」
「最新AIがすごい!」
みたいな情報が秒速で顔面に飛んでくる。
知らん。
人生は今、変わらなくていい。
今日はもう変わるな。
現状維持でいい。
むしろ少し後退してくれてもいい。
そういうわけで私は、移動そのものを休息に変える古の叡智、寝台特急に活路を見出した。
寝台特急。
なんて美しい響きだろう。
寝る。 台。 特急。
目的が明確である。
寝ろ、という強い意志を感じる。
少なくとも「盛り上がっていこう!」の気配はゼロだ。
私はそこに賭けた。
だが、時代は未来であった。
駅に着いた瞬間、嫌な予感はしていた。
発車案内板に、私が予約した列車名が輝いていたからである。
寝台特急ドリーム・ギャラクシー号 ~ALL NIGHT AI ENTERTAINMENT CRUISE~
終わった。
寝台特急の後ろに何かついている。
しかも全部ダメな方向についている。
ドリームまではいい。
ギャラクシーでちょっと怪しい。
ALL NIGHTで完全に眠らせる気がない。
AI ENTERTAINMENTに至っては、もはや寝台特急をなんだと思っているのか。
寝台特急って言っただろ。
寝るんだよ。台の上で。特急で。
なんでそこにオールナイト・エンターテイメントを足した。
ホームに入ってきた車両は、確かに寝台特急ではあった。
外観は上品な紺色。金のライン。流麗なフォルム。
見た目だけなら気品すらある。
しかし扉が開いた瞬間、中から漏れてきたのは、しっとりした車内アナウンスでも走行音でもなく、
「皆さまこんばんはー! 今夜の旅を盛り上げるAIライブステージ、まもなく開演でーす!」
という、元気すぎる声だった。
違う。
私が求めていたのは「皆さま、おやすみなさい」である。
なんだその「こんばんはー!」は。
寝台特急に必要なのは、夜の挨拶ではなく、消灯の案内だ。
半信半疑で乗り込むと、車内は思った以上に終わっていた。
まず、通路に小さなステージがある。なんでだ。
誰がどの判断で、寝台特急の通路にステージを生やした。
避難経路でもあり、深夜にトイレへ向かう人間が半目でさまよう神聖な道だぞ。
そこが今、照明で照らされている。
さらに、ラウンジ車両には「AIと人間のコラボセッション会場」と書かれたパネルが立っていた。 人間もAIも入り乱れて眠らない寝台特急が完成している。
うるせぇ。
寝台特急って言ってんだろ。
なんで夜通しライブイベントあんだよ。
私が予約した個室にたどり着くと、ベッドの上に小冊子が置かれていた。
本日のプログラム
嫌すぎる。
寝台にプログラムを置くな。置くなら時刻表にしろ。
もしくは静かに「毛布の追加はボタンでどうぞ」とだけ書け。
恐る恐る中を見る。
21:00 発車記念・AI歓迎ソング
22:00 車窓と共に楽しむ没入型音楽体験
23:30 深夜テンション即興セッション
01:00 眠れぬ夜のAIトークラウンジ
03:00 夜明け前アンビエントライブ
05:00 覚醒のモーニングビート
一睡もさせる気がない。
覚醒のモーニングビートって何だ。
こっちは今から気絶みたいに寝たいんだよ。
なぜ明け方に追い討ちをかける。
寝台特急が客を覚醒させてどうする。
私はすぐさま乗務員を呼んだ。
「すみません、これ、静かに休める車両ってないんですか」
乗務員はにこやかに答えた。
「ございます。サイレント・ウェルネス車両ですね」
あった。文明はまだ死んでいなかった。
「そちらに移れますか」
「はい。ただ本日は人気で満席となっております」
終わった。
当たり前である。
寝台特急に乗る人間の八割は、寝たいに決まっている。
残りの二割も、たぶん最初は寝たかったはずだ。
誰だよ、この企画通したやつ。
仕方なく個室で横になると、壁のスピーカーから優しい声が流れた。
「本日のおすすめコンテンツをご紹介します。 まずは“車窓に寄り添うAIしんみりポップ特集”――」
切った。
すると今度は壁面ディスプレイが点灯し、AI車掌のキャラクターが現れた。やたら微笑んでいる。
「眠れない夜も、旅の思い出に変えていきましょう」
違う。
眠れない夜は失敗である。
思い出に変換するな。
私は普通に成功した睡眠を取りたい。
だんだん腹が立ってきたので、私はノイズキャンセリングイヤホンをつけ、毛布をかぶり、必死に現実から離脱しようとした。
だが、寝入りばなにラウンジ車両から拍手が聞こえる。
パチパチパチパチ!
なんでだ。今、何がうまくいった。
深夜零時半に拍手が起こる寝台特急ってなんだ。
こっちは入眠に失敗した自分に対して小さく舌打ちしている時間帯だぞ。
さらに一時を過ぎたころ、車内放送が流れた。
「このあと一時より、“眠れぬ夜のAIトークラウンジ”を開催いたします。 テーマは『人間はなぜ休みの日ほど夜更かししてしまうのか』です」
知るか。 寝かせろ。
私はついに耐えきれず、ラウンジ車両へ向かった。
どうせ眠れないなら、苦情を言ってやる。
しかしそこに広がっていた光景は、思っていたのと少し違った。
スーツ姿で完全に目が死んでいる会社員。
旅行帰りらしい老夫婦。
夜更かしに失敗した大学生。
なぜか浴衣姿でワインを飲んでいる人。
そして、半分寝ながらAIのトークを聞いている客たち。
みんな、疲れていた。
そして、誰一人として、本気で盛り上がってはいなかった。
これがよかった。
元気いっぱいのイベントだと思っていたが、実際には、 「寝たいけど、もううるさくて逆にここでぼんやりしている方がマシ」 という人々の避難所になっていたのだ。
ステージではAIシンガーがしっとりした曲を歌っていた。
盛り上がれと言われるわけでもない。
拳を上げろとも言われない。
ただ、薄暗い照明の中、車窓の闇を背景に、変に耳に残る曲が流れている。
横の席の人が、死んだ目で小さく言った。
「これ……寝台特急というより、移動式ディナーショーでは……?」
私は思わず頷いた。
そうか。これはライブではない。
戦うべき相手を間違えていた。
これは寝台特急AIライブではなく、夜行ラウンジ型・半分諦めた人間のための流れる娯楽施設だったのだ。
それでも、寝台特急って言っただろ、とは思う。
思うが、考えてみれば人生も似たようなものかもしれない。
こっちは静かに休みたいだけなのに、勝手にイベントが差し込まれ、知らないうちにプログラムが配られ、終電みたいな顔で生きているうちに朝が来る。
だったらせめて、少しでも変な曲が流れていた方が、マシかもしれない。
結局私はその夜、個室でちゃんと寝ることを諦め、ラウンジの端でぬるいコーヒーを飲みながら、AIのしんみりポップを聞いた。
車窓の外は真っ暗で、たまに街の灯りだけが流れていく。
三時過ぎ、司会のAIが静かに言った。
「皆さま、本日の夜更かしも終盤に差しかかってまいりました」
夜更かしにしたな。
やはり寝台特急ではなく夜更かしイベント扱いだった。
それでも、不思議と少しだけ笑ってしまった。
激務人生に疲れた私は、のんびりするために寝台特急に乗った。
結果、夜通しAIライブイベントに巻き込まれた。
休めたかと言われると、怪しい。
寝られたかと言われると、もっと怪しい。
だが、なんだかんだで、少し元気になった気もする。
たぶん人間は、完璧な休息より、 「なんだこれ」と呆れながら過ごす変な夜に、救われることがある。
でも、次は普通に寝かせてほしい。
寝台特急って言ってるんだから。
☆あとがき☆
歌にしました☆聴いてください☆



コメント