料理動画で一攫千金を狙ったら、普通に材料費で死にかけた話

ぐうたら研究報告

こんにちは。
いつも心に一攫千金。どうも、ぐうたらするめです。

皆さんは、働かずにお金が欲しいと思ったことはあるだろうか。
私はある。常にある。今この瞬間もある。

人はよく「好きなことを仕事にしよう」と言う。
だが私は、それをもう一歩進めたい。
好きなことを仕事にして、できればそんなに頑張らずに、できれば家からあまり出ずに、できれば好きなものを食べていたら、いつの間にか小金が入ってきてほしい。

この、あまりにも誠実で、あまりにも慎ましい願い。
これを人は強欲と呼ぶのかもしれないが、私は違うと思う。
これは生活防衛である。
酒代とおつまみ代をどこかから捻出したいという、極めて切実な祈りなのである。

そんな私が目をつけたのが、料理動画だった。

料理。
なんと甘美な響きだろう。

食は無限。
レシピも無限。
人類が食うことをやめない限り、ネタ切れしない。
つまり料理動画とは、無限機関。
永久機関。
半永久的に動画が作れて、半永久的に再生され、半永久的に小金が入る可能性を秘めた、夢の錬金術なのではないか。

そう思って、私はYouTubeで料理動画を始めた。

完璧な計画だった。
少なくとも、始める前は。


「料理なら無限にある」は正しい。問題は、私が有限だった。

料理動画を始めた当初、私は確信していた。

「料理なら無限にレシピあるし、ネタに困らんやろ」

これは事実である。
実際、レシピは無限にある。
和食、中華、洋食、エスニック、スイーツ、節約飯、背徳飯、酒飲み向け、子ども向け、レンジだけ、フライパンだけ、炊飯器だけ。
世の中には、信じられないほど料理がある。

問題は、私は別に料理研究家ではなかったということだ。

ここが致命的だった。

私は別に、「未知の味に挑戦したい!」とか「食文化の可能性を探求したい!」とか、そういう高尚な人間ではない。
普通に、自分が食べたいものを食べたいだけの人間である。

結果、動画になる料理が偏る。
好みが偏る。
食材も偏る。
発想も偏る。
最終的に、「これ前も似たようなの食ってなかった?」みたいな空気が自分の中で発生する。

そう、料理は無限だった。
だが、私の食欲の方向性は思ったより狭かった。

世界は広い。
しかし私の胃袋の思想が狭い。

これが、まず第一の敗因である。


さらに材料費がかかる。ここが本当に良くない。

料理動画の何が厄介って、食材がいるのである。

当たり前である。
料理だから。

だがこの当たり前が、金儲けを夢見る怠惰な人間には重い。

動画一本撮る。
材料を買う。
調味料を足す。
場合によっては、ちょっと珍しい食材にも手を出す。
するとどうなるか。

普通に金が減る。

いや、冷静に考えれば当たり前なのだが、夢を見ている時の人間は都合の悪い当たり前を見ない。
「これは投資だから」と自分に言い聞かせる。
「先行投資だから」と。
「ここを乗り越えれば未来がある」と。

しかし未来より先に財布の中身がなくなる。

これが資本主義の怖いところである。

しかも料理動画は、作って終わりではない。
食べる。
当然である。
料理なのだから。

つまり、
材料費を払って、
調理して、
撮影して、
編集して、
そのうえで自分で食べる。

一見すると豊かである。
だが実態は、「ちょっと凝った自炊を動画にしているだけの人」になりがちである。

金儲けを目指していたはずが、気づいたら食費の高い生活をしている。
これはかなりまずい。

お小遣いが逼迫する。
非常に逼迫する。
「今月ちょっと苦しいな……」の原因が、夢ではなく豚バラ肉だったりする。
資本主義に敗北する理由として、あまりにも情けない。


そして気づく。1分前後の動画、これ収益化きつくないか?

さらに追い打ちをかけてきたのが、動画の長さである。

私の料理動画、だいたい1分前後。
サクッと見られる。
テンポもいい。
気軽。
現代人向け。
忙しい人にも優しい。

聞こえはいい。

だが、ここで私はふと我に返った。

「これ、チャンネル登録者が増えても、再生時間足りなくて収益化きついのでは……?」

遅い。
気づくのが遅い。

いや、YouTubeというものに詳しい人からすれば常識なのかもしれない。
だが欲望に目がくらんだ人間は、都合のいい未来しか見ない。
登録者が増える未来は見ていた。
再生時間の壁は見ていなかった。

これは完全に、皮算用の敗北である。

夢の中では、
「料理動画はネタ無限!」
「見やすい短尺!」
「気軽に量産!」
「そのうち当たる!」
みたいなことを考えていた。

だが現実には、
「短い」
「再生時間が積みにくい」
「材料費はかかる」
「ネタは無限でも私の食の好みは有限」
という、わりと地味だが重い現実が並んでいた。

世の中、うまくできている。
楽して儲からないように。

本当に腹が立つ。


それでも、見に来てくれる人はいる。ここだけは救いである。

とはいえ、全部が無駄だったわけではない。

ありがたいことに、この動画でも見に来てくれる人がいる。
チャンネル登録者数も、派手ではないが増加傾向にある。

現在、57人。

この数字を「たった57人」と見るか、
「57人も」と見るか。

私は後者で見たい。

だって冷静に考えてほしい。
私が家で作ったものを動画にして出して、それを見に来てくれる人が57人いるのである。
これ、普通にありがたい。
かなりありがたい。

テレビなら誤差かもしれない。
だが個人の動画では、数字の向こうにちゃんと人がいる。
「また見に来たよ」みたいな人がいる。
それは普通に嬉しい。

だからこそ、完全敗北という感じでもないのがまた厄介なのである。

派手に爆死していれば諦めもつく。
だが、じわっと増えている。
少しずつ来てくれる人がいる。
この「ゼロではない手応え」が、人をやめさせない。

資本主義は残酷だが、希望の見せ方だけはうまい。


結論:金儲け計画はだめでした。でも、たまに美味しそうなのを上げるぐらいがちょうどいい。

そんなわけで、私の料理動画による一攫千金計画は、現時点ではだいぶ怪しい。
というか普通にだめ寄りである。

ネタは無限だと思っていた。
でも自分は有限だった。
材料費は想像以上にかかった。
動画は短く、収益化の壁は思ったより高かった。

世の中は甘くない。
本当に甘くない。
料理は甘いものもあるが、現実はしょっぱい。

ただ、その一方で、見てくれる人はいる。
登録者も増えている。
完全に無意味だったわけではない。

だから今後は、
無理に頻度を上げて財布を殺すのではなく、
予算と相談しつつ、
たまに美味しそうなものを見つけた時に、
「これ作ってみるか」と軽い気持ちで上げるぐらいにしようと思う。

野心はあった。
欲望もあった。
金儲けも企んだ。
だが人間、常に勝てるわけではない。

負ける時もある。
しかも結構しょうもない理由で負ける。
私は今回、材料費と再生時間に負けた。

あまりにも地味な敗北である。

だが、こういう地味な敗北の積み重ねこそが人生なのかもしれない。
知らんけど。

とりあえず今後も、
財布の残高と相談しながら、
食べたいものを作り、
たまに動画にし、
あわよくば伸びてくれと祈る。
この、他力本願と食欲に支えられた活動を、私は細く長く続けていきたい。

夢はまだ捨てていない。
ただ、前よりだいぶ現実を見ている。

そして何より、
私は今日も思っている。

できれば働かずに、うまいものを食べて、なんかいい感じに増えてほしい。

人として最低限、そういう願いは持ち続けたい。



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