こんにちは。
常に心に一攫千金、どうも、ぐうたらするめです。
皆さんは、子供向け市場について考えたことがあるだろうか。
私はある。
なぜなら金が欲しいからである。
いや、夢とか希望とか、そういうキラキラした話ではない。
もっと地に足のついた、ぬめっとした欲望である。
働かずに、できれば揉めずに、できれば大きな責任も負わずに、でもなんか気づいたらちょっと儲かっていてほしい。
そういう、極めて慎ましく、極めて卑しい願いである。
そこで私は思ったのだ。
子供向け市場、ブルーオーシャンでは? と。
たとえば、マクドナルドは子供のうちに味覚を掴んで、大人になっても通い続ける導線を作った、みたいな話をどこかで見た気がする。
見た“気がする”で経営戦略を語るなという話だが、だいたい世の中の一攫千金思考はそんなものである。
確かな資料より、なんか聞いたことある話のほうが勢いが出るのだ。
さらに考えてみてほしい。
クレヨンしんちゃんも、サザエさんも、ちびまる子ちゃんも、原作や初期の味にはそれなりの毒がある。
でも国民的作品として流通しているものは、ちゃんとマイルド化されている。
毒を薄め、角を取り、家族で見られるようにする。
そうしてお茶の間に入っていく。
ここで私は、天啓を得た。
じゃあ、ぐうたらするめも同じことをすればいいのでは?
普段の主軸は、酒、娯楽、怠惰である。
どう考えても教育に悪い。
教材売り場の隣に置かれる顔ではない。
だが、そこはマイルド化である。
酒は、たのしい飲みものにすればいい。
娯楽は、みんなでたのしく遊ぼうにすればいい。
怠惰は、ゆっくりやすもうにすればいい。
ほら、いける。
なんか急にEテレの隅っこに置けそうな空気になってきた。
本質は何も変わっていないのに、言い方だけで社会性を獲得し始めている。
すごい。
言葉の力ってすごい。
詐欺師が重宝するわけである。
というわけで今回、私は小さなお子様でも踊れそうな、めちゃくちゃ簡単なダンスと、愛らしいキャラを組み合わせた。
動きもよい。
難しくない。
幼児でも真似できそう。
平坦で、記号的で、かわいくて、妙に頭に残る。
店内BGMみたいな反復感もある。
ここまではよかった。
そして私は思った。
来たな、と。
ついに来たかもしれない。
教育、エンタメ、食、ダンス。
この世で金になる要素が、油揚げの周囲に集まり始めている。
油揚げに風が吹いている。
時代が、私に追いついたのだと。
タイトルもよい。
見た目もよい。
振付もよい。
ジャケットもよい。
ここまで来たら、もうYouTubeで「子供向けです」に設定して、キッズ市場へ滑り込めばよい。
お子様が踊る。
親御さんが微笑む。
再生が回る。
グッズが出る。
そのうちスーパーとコラボして、売り場で流れる。
最終的には「カリカリ油揚げスナック体操」の全国大会とかが始まる。
夢は広がるばかりである。
広げるだけならタダだからな。
しかし、ここで私はある重大な事実に気づいた。
歌詞に“おつまみ”って入ってるな。
終わった。
正確に言うと、終わってはいない。
だが、かなりよくない。
幼児が、にこにこ踊りながら「おつまみにどうぞ♪」と歌っている光景を想像した瞬間、さすがの私も「それはちょっと待て」となった。
普段はだいぶ待たないタイプの人間なのに、今回は待った。
ここは待てた。
人間、まだ終わっていなくても、終わりかける直前で踏みとどまれることがある。
そもそも私は、子供向け市場に挑んでいるのであって、
子供に晩酌文化を提案したいわけではない。
いや、提案したい気持ちがゼロとは言わない。
酒とつまみの良さを早めに知っておく人生も、それはそれで豊かな気がしないでもない。
だが、さすがに世間というものがある。
法とか倫理とか以前に、普通に説明が面倒くさい。
「これは幼児向けの可愛いダンス動画でして、ただ歌詞にはおつまみが出てきます」
通るわけがない。
そんなものは会議室で三秒で死ぬ。
ここで改めて理解した。
私は今、崇高な創作をしているのではない。
一攫千金のために、自分のIPを都合よく薄めたり伸ばしたりしているだけ である。
しかし、それの何が悪い。
人類のかなりの文化は、その場その場の都合のよさと欲望によって発展してきたはずだ。
純粋な芸術精神だけでここまで来たわけではあるまい。
たぶん。
知らんけど。
それにしても、ぐうたらするめの中核は酒・娯楽・怠惰である。
それをマイルド化して国民的路線に乗せようとする発想、冷静に考えるとかなり無茶である。
唐辛子を抜いた麻婆豆腐みたいなものだ。
もはや別料理ではないか。
酒を抜いたするめなど、何が残るのか。
眼鏡と態度だけではないか。
いや、眼鏡と態度だけでも割と戦える気はするが。
ただ、今回よかったのは、ちゃんと途中で止まれたことである。
欲望に目がくらみ、幼児向け市場にすり寄り、最後は“おつまみ”で転ぶ。
この流れ、かなりだめだが、
完全に終わっている人間なら、たぶんそのまま投稿していた。
私は耐えた。
そこは偉い。
非常に偉い。
この世の大半の成功者は、自分を褒めるところから始まっている。
知らんけど。
というわけで今回は、子供向け設定にするのはやめた。
そこは耐えた。
理性が勝った。
いや、理性というか、後で面倒くさくなる未来が見えただけかもしれない。
だが結果としては同じである。
人は高尚な倫理で止まってもいいし、面倒くささで止まってもいい。
止まれば勝ちだ。
とはいえ、この発見は無駄ではなかった。
ぐうたらするめ、マイルド化すれば子供市場にも片足ぐらいは突っ込める可能性がある。
これは大きい。
酒をジュースに、怠惰をごろごろに、退廃をかわいげに変換すれば、思った以上に外に出られる。
危険思想は、丸いフォルムに入れると通りやすい。
こわい話である。
なので今後も私は、
金の匂いがする場所には、なるべく怠惰な姿勢で、しかし目だけはギラつかせながら接近していこうと思う。
ただし次回は、歌詞に“おつまみ”を入れる前に、
本当に子供向けで行くのかどうかを考えたい。
毎回そこから始めろ、という話ではある。
後書き
ちなみに、実際にYouTubeへ投稿した結果は再生21だった。
はい、解散。
ここまで子供向け市場がどうの、万民向けがどうの、マイルド化がどうのと、それっぽいことを並べてきたが、現実は21である。
市場は広い。
夢も広い。
だが再生数は狭かった。
ただ、私はこの程度で反省するような立派な人間ではない。
むしろ思った。
もっと広く狙わねばと。
子供向けもそうだし、万民向けもそうである。
なぜならその方が儲かりそうだから。
あまりにも動機が汚い。
だが、創作と商売の交差点には、たいていこういう薄汚れた願望が立っている気もする。
もちろん、ただ媚びればいいわけではない。
媚びすぎると味が消える。
だが尖りすぎると誰も来ない。
私は今その中間を探している。
いや、本当は探しているというより、金になりそうな顔をして近づいては失敗しているだけかもしれないが。
それでも懲りずに、今後も広く届く形は考えていきたい。
再生21であっても、野望まで21になる必要はない。
むしろ、こういう半端な数字のほうが変に諦めきれなくて危ない。
人を再挑戦へ駆り立てるには、ちょうどいい小さな希望が残ってしまっている。
困ったものである。


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